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■若者が「農家になりたい」理由

鍋嶋智彦さんと亜由美さん

 金沢市に住むとび職の鍋嶋智彦さんと妻の亜由美さんは今、農家を目指している。

 これまで農業とはかかわりのない人生を送ってきた人生は、農業とは直接2人。就農を提案したのは当時バーで働いていた亜由美さんだ。「とびの仕事もバーの仕事も長くは続けられない。夫婦2人でずっと一緒にできる仕事をしたい」。悩んだ末、亜由美さんは智彦さんに「農家になろう」と提案。亜由美さんの心の変化を敏感に察していた智彦さんは二つ返事でこれに応じた。

 2人は石川県が主催する就農準備校アグリ塾に入塾。栽培技術を学ぶうちに、「無農薬、有機栽培で野菜を作りたい」と思うようになったという。

 「有機野菜が人気ですが、そもそも有機農業って一体何?と聞かれて、答えられる農家は実は少ないんです。有機栽培だから安全で健康に良いとも限らない。わたしたちはそこから考え直して情報発信できる農家になりたいんです」(亜由美さん)。
■夢は小さな農地と直売店、そして農家の「ダサいイメージ」を変えること

次代を担う子どもも種まきを体験

 アグリ塾卒業後、智彦さんは加賀野菜の栽培技術を身につけるため、金沢市が運営する金沢農業大学校に入学。亜由美さんは白山麓で有機農業を営む農家のもとに毎日通い、教えを受けている。

 夢は夫婦2人が目の届く範囲の農地を手に入れ、地域の人々に旬のものを提供する直売店を開くこと。「将来的には農業や伝統食の体験教室もしたい。自分たちが今やらなければ、子どもたちに大切なことを伝えていけないから」と亜由美さん。「農家のダサいイメージを俺たちが変える」と智彦さん。そんな2人の目の前にある問題は農地の確保だ。思うような場所が思うような条件で借りられない。

 智彦さんは「就農も新規起業のひとつ。そこに行政の手厚い支援が受けられるのはありがたい」としつつも、「農地を貸したい人、借りたい人のマッチングがスムーズにできるシステムがあれば」と願う。

■「いしかわ農業人材育成プラン」を実践に、県民全体で農業を応援

就農体験

 「農業の担い手の平均年齢:67歳。10年以内に営農が困難になると考える農家:70%」

 これは昨年奥能登を対象に実施された農業の現状調査の結果だ。

 石川県では2008年度に「いしかわ農業人材育成プラン」を策定。消費者である県民を「農業を応援しようとするもの」、農産物の販売・流通にかかわる業者などを「農業を支えようとするもの」と位置付け、農家や就農希望者を含めて県全体で農業の活性化を目指すのが特徴。プランの具体化を進めるため今年4月、県農林水産部内に農業人材政策室を設置。さらに1993年に設立された(財)石川21世紀農業育成機構をリニューアルし、農業のワンストップ総合窓口として「いしかわ農業人材機構」が発足した。

 同財団の参事兼統括コーディネーターの島田義明さんによれば、今年に入って相談件数は激増し、1日4~5人の相談者が訪れるという。多くは「農業法人に就職したい」「自分で農業を始めたい」というもの。島田さんは「農業が担い手不足に悩んでいるのは事実だが、すぐに就職口が確保できるか、希望する農地が見つかるかというと難しい」と前置きしながらも、情報の収集と発信、マッチングに全力を尽くしている。


■栽培技術の習得、農地の確保、地域での定着、応援団の醸成-あらゆる側面から農業を支援

「いしかわ耕稼塾」の様子

 鍋嶋夫妻が通っていたアグリ塾は、同財団の取り組みの中で「いしかわ耕稼(こうか)塾」としてリスタートした。変わったのは名前だけではない。これまで就農希望者を対象に栽培技術を教える場だったものが、プロの農家を含めて幅広い人材がニーズに応じて選べる多彩なコースを設置した。入塾生の募集には予想を上回る数の応募があり、現在、新規就農・法人就農を目指すコースでは年齢も経歴も違う41人がともに第1期生として学んでいる。また耕稼塾では農家の育成に加えて、一般向けに、種まき、草取り、収穫の一連の農作業を体験する「いしかわの農業学ぼうコース」も設置し、県民の農業への理解を促している。

 就農希望者の農地の確保については、県内の各農林総合事務所と連携。地域コーディネーターが現場を見回り、休耕地があれば持ち主を探して就農希望者に貸す意志があるかどうか1件1件確認しているという。最近は親族に後継者がいないため、農業用機械を含めて丸ごと農地を貸してもいいという農家も増えており、そうした際のコーディネートも進めている。

種まき、草取り、収穫の一連の農作業を体験する

 県内では毎年30人のペースで新規就農者がいるが、県外からの移住組もいるため、就農後の定着の支援が欠かせない。現在、非農家出身の就農者には専任のチューターがつき、さまざまな相談に乗っている。

 県全体で石川の農業を元気にしようという試みはまだ始まったばかり。農家を目指す人々の使命感と情熱、そして農業を応援したいという県民の思いが、しっかりと結ばれていくことが期待される。