世界に羽ばたく街・金沢のブランド構築

 金沢市は2009年6月に、「ユネスコ創造都市ネットワーク」のクラフト分野に登録された。また兼六園がフランスのミシュランガイドで三つ星に登録されたこともあって、ここ数年は欧米人の姿が金沢の街中でも多く見られるようになった。今年の5月12日・13日には「日仏自治体交流会議」も開催され、国内外から注目される街になってきたことをひしひしと感じる1年でもあった。

 「日仏自治体交流会議」などは金沢という街の魅力を海外に発信する絶好の機会でもある。しかし海外からの観光客を受け入れる態勢が進んでいるかと言えば、そこにはまだまだ疑問符を投げざるを得ない。海外富裕層が旅先を選ぶうえで最も信頼する情報は、同じ富裕層の「クチコミ」だと言われている。世界的にイメージアップを狙うのであれば、単に金沢という街の歴史・伝統の情報を発信するだけでなく、実際に訪れたラグジュアリー層にその価値を理解してもらい街を好きになってもらう。リピーターになってもらい、さらには口伝えで魅力を発信してもらう。そこまでいかなければ成功したとは決して言えないだろう。逆に安易な情報発信は「本物」の価値を損なうことも考えられる。

 一昨年度発足した同プロジェクトは「The Real Japan いしかわプロジェクト推進協議会」が主催し、石川における受け入れ態勢の推進、情報発信の活動を進めてきた。その2年目の活動のメーンともなるフォーラム「第2回ラグジュアリーライフスタイル国際会議」が、県内外の観光業従事者を対象に2月27日、石川県立音楽堂邦楽ホール(金沢市昭和町)で開催された。

世界の一流人が見た「Ishikawa」

 芸妓(げいこ)の太鼓と笛の演奏で華々しく幕開けた国際会議。ゲストスピーカーには世界を飛び回る料理人・経営者のアラン・デュカスさん、アーティストのアレクサンダー・ゲルマンさん、彫金の人間国宝の中川衛さん、ザ・リッツカールトン創業者のホルスト・シュルツさんというそうそうたる面々を迎えた。

 現在北海道のニセコにエコラグジュアリーホテル「カペラ」を建設中とあって、日本の観光業というものに強い関心を持つシュルツさん。最も大事なことは「キープザゲスト」と強く言う。「キープザゲスト」とは、今いるお客さまに最高の満足度を与え、再び来てもらう。「お客さまを維持する」ということが大事ということだ。またラグジュアリー層が求める旅とは、ただ高級なものというわけではなく、その土地固有の「文化、人々とつながりたいと思っている」。表面的なぜいたくなものを見るだけではなく「これが本物だ」と思いたいと…。それには一律のサービスではなく、法・モラルに反しない限り、望むものすべてを提供する「完全な個別化」に対応できるものでなくてはならない。

 具体的には、カペラではチェックインとチェックアウトの時間設定はなく、予約があった時点で、この街で何をしたいかをゲストに尋ね、もしミュージカルを見たいというのであればチケットの手配やお勧めのプログラムをリサーチしたり、好みのまくらを用意したりするなど、何もかもパーソナルなケアをするという。

ローカル・カルチャーの魅力とは

 ゲルマンさんは自身の著書の題名でもあり「ポストグローバル」の視点を持つことが大事、つまりグローバルの対局にある「ローカル」がこれからの時代には重要になってくるという発想を話した。「九谷焼と山中漆でチェスを作るというプロジェクトに参加したことで、伝統工芸が存在するという文脈を変えることができた。門外不出の閉じられた日本の伝統工芸が、世界の人が遊ぶチェスになったことで高い技術を世界の人に触れてもらう機会が増えた。世界の人に評価されることによって、さらに生かし続けていくことができる。文化を自分たちだけで決して閉じ込めてはいけない。このまま続くか、消えて無くなるかは本当に今のわたしたちにかかっている」と語った。

 同様に中川さんも産業技術をアートにまで昇華させることで、高付加価値のものとして技術を認めてもらった例を紹介。技術は技術のままで終わらせるのではなく、今の時代に即した芸術に転嫁させることでより多くの人の目に触れてもらうことができると伝えた。

 デュカスさんは「グローカル」で行きたいと地域性の大事さを料理の面からも訴えた。「グローカル」とは、グローバル+ローカルを足した造語だが「調理はグローバリゼーションとは反対のもの、食材の味はその土地が持つ本来の味を大事にすべき。だからものの見方はグローバルに、調理はローカルにいきたい」という。そして「石川の工芸家のあまりの才能の豊かさに驚いた。最高のものを作るのに国境が関係ない。ただ、それには作品を製作して生活が成り立つということが大事。そのためにも作品にそれなりの値段を払うということの認識をもっと持ってしかるべきだと思う」と話した。


今後の石川旅行業の展望とは

 ゲストスピーカー全員がフォーラム開催の前に1泊2日で能登を周遊し、輪島塗の工房や旅館の加賀屋などを訪れた。皆一様に能登で見聞きしたことをフォーラムで「ここにリアル・ジャパンがあった」と話した。

 石川の素材の良さは、ゲストスピーカーの言葉にもある通りだが、果たしてこのポテンシャルを生かし切れているのか、富裕層が旅として石川を訪れて満足できるものになっているのだろうか。温泉一つとっても、海外の富裕層もとても興味がある分野だろうが、残念ながら旅館に入って、温泉の入り方・マナーを英語表記している旅館は少ない。彼らは目の前に温泉があっても、どのようにして入ればいいのかわからずまごつく。本物の温泉文化を楽しみたいと思っているから、マナーに反することはしたくない、恥をかきたくない。そんなときに英語で入り方の説明があったらどれだけ彼らを助けることができるだろうか。

 現在、年間10万人を超える外国人が訪れる都市になった金沢。同プロジェクトの広報担当者は「口伝えで評判が高まっていく方が本物の価値を理解して訪れてくれる人が増え、観光客の数をやみくもに増やすことより、将来的には効果があると思う。また彼らがお金を支払い地域の経済が潤えば、それがまた施設の充実にもつなげることができ継続的な発展が望めるのでは」と話す。石川・金沢の魅力は、高い技術の伝統工芸や芸能だけではない。能登の美しい自然、絵画のようにつややかな色味を帯びる古い街並みなど、限りない可能性が秘められている。いかにその素材の良さに気づき、生かすかは金沢を拠点に生活・活動する我々の意識を高め合う努力とその継続にかかっているのかもしれない。