■未開拓マーケットの誘致へ

 2月14日、石川県立美術館(金沢市出羽町2)で「第1回ラグジュアリーライフスタイル国際会議」が開催された。「ラグジュアリーマーケット」と呼ばれる本物志向の富裕層を石川県に誘客する取り組みの旗揚げフォーラムである。同フォーラムは県内の旅行代理店、飲食、旅館などの各業界がタッグを組んだ「The Real Japan いしかわプロジェクト推進協議会」が主催し、誘客事業は国の「地方の元気再生事業」に採択されている。

 観光分野における海外ラグジュアリーマーケットは、日本においては未開拓と言える。世界で海外旅行をする人のうち上位3%の富裕層が費やす金額は、全体の消費額の25%にあたる1,800億米ドルを占め、1つの旅行先につき7,200米ドルにのぼるという試算が示されている(ILTM Industry Report 2007より)。単純に計算すれば、ラグジュアリー層は1回の滞在に対し、その他の層の10倍以上の金額をかけるということになる。

 「統計からみた石川県の観光 平成19年」(石川県観光交流局交流政策課)によると、2007年の石川県内での平均旅行日数は県内客・県外客を合わせて1.41泊、平均旅行費用は36,954円だった。同年の外国人宿泊客数は、石川県は前年比33.4%増の161,902人、金沢市でも前年比42.4%増の91,604人(「金沢市観光調査結果報告書」金沢市産業局観光交流課)に上った。数の増加に加え、ラグジュアリー層を石川県に呼び込むことができれば、観光に関わる収入増が期待できるばかりではなく、客層に厚みが出て、世界的なイメージアップにつながり、地域の活性化が見込める。

 しかし、金沢や能登、加賀の魅力が世界のラグジュアリー層に伝わっているのか、或いは、現状のままでラグジュアリー層の来訪に対応できるような態勢を万全に整えているか、という点については疑問符をつけざるを得ない。同協議会代表で旅行代理店「マゼラン・リゾーツ・アンド・トラスト」(金沢市駅西新町3)の代表取締役社長を務める朽木浩志さんは「価値が分かる人に価値を届ける代償として、価格がある。価値を届ける立場として、価値を上げ、少しでも高く買っていただく努力をする必要がある。本物の価値が分かる人に来てもらうためには、我々がまず本物でなければ」と話す。ラグジュアリー層の価値観を探り、彼らの旅情をそそるコンテンツを発掘し、築き上げていこうという官民一体の意識改革を期して、同フォーラムが開催されたのである。

マゼラン・リゾーツ・アンド・トラスト
第1回ラグジュアリーライフスタイル国際会議
外国人の兼六園人気が急上昇-30%増の125,000人で過去最多に(金沢経済新聞)

■ラグジュアリー層が求めるもの

 現代社会において、ラグジュアリー層が求めているものとは何か。同フォーラムに招かれた海外ゲストスピーカーの顔ぶれと講演内容は、それを物語っていた。

 ゲストスピーカーとして招かれたのは、「エコ ラグジュアリー」を提唱するエンリコ・デュクロットさんと、世界的高級リゾートホテルチェーンを展開する「シックス・センス・リゾート・アンド・スパ」の創始者であり会長を務めるソヌ・シヴダサニさん。いずれも、ラグジュアリー層を顧客とし、世界最先端のリゾート経営を展開するカリスマ的存在である。
 
 「エコ ラグジュアリー」とは、持続可能な経済と高水準のツーリズムを同時に推進する経済活動の生産プロセスを指す。デュクロットさんは、イタリアの地方でユネスコの世界遺産に登録されている2000年前の石造りの建物を18室のブティックホテルに復元するプロジェクトを地方文化の復活と並行して進めるなど、世界各地でさまざまなプロジェクトを展開する。理念を同じくする企業の参画を募って創設した「LCL World (Luxury Camps & Lodges of the World)」は、2008年時点で全世界に92の提携施設を有し、地域の自然環境や固有の伝統を壊すことなく、地域社会との調和を保ちながら上質のサービスを実現している。

 シヴダサニさんは、持続可能(sustainable)、地域(local)、有機(organic)、健康・健全(wholesome)、学び(learning)、刺激(inspiring)、楽しみ(fun)を兼ねた経験(experiences)の頭文字をとった同社のコンセプト「SLOW LIFE」を紹介。「no news no shoes」で過ごす日々、とれたての地物野菜が並ぶビュッフェ、その土地ならではの景観を眺めながら味わう朝食などが、各ホテルでゲストが味わえる「特別な体験」だと強調した。そして、講演内容の多くは、クリーンエネルギーへの対応や水の浄化システムなど同社が行う多様な二酸化炭素除去の取り組みに割かれた。

 ラグジュアリー層を相手に最先端のツーリズムを展開するトップリーダーの目は、その地域固有の風土や環境問題に向けられ、それがゲストの関心につながっているのである。
 ILTMの調査によれば、ラグジュアリー層の旅行が短期になり回数が増す一方、旅行先によっては滞在が長期化する傾向にある。心を豊かにするような独特の経験が得られる旅行先では滞在が長期化しており、各世代が環境問題や土地固有の文化に興味を抱き、それぞれの地域の環境や文化、遺産、人々の暮らしを保持し、向上させるための行動を起こす必要性を感じているという。特にベビーブーマーの間では「学び」への意欲が高まっているとしている。

 メリルリンチなどによる「World Wealth Report 2007」にも示されているように、今や社会的責任や環境問題は、ラグジュアリー層にとってのキーワードである。「ラグジュアリー」を「金持ち」「きらびやか」などと直結してしまえば、世界の現状を見失うことになる。同フォーラムで登壇した参加者に共通していたのは、「ラグジュアリー」は、食の分野であれ宿泊の分野であれ、「得がたい体験」「心の安らぎ」「心動かされる出来事」であるという認識である。「ラグジュアリーマーケットが何を考え、何をいいと思って旅をしているのか。世界の最先端で取り組みを続けている人たちの生の声を聞いたことで、地元の人々の意識を喚起できたのではないか。今回のフォーラムは、いろいろな人たちの思いと情熱の結晶。日本を世界に売るにあたり、地方都市で革新的なアイデアのもとに開催した意義があった」(朽木さん)。

裸足で過ごすこと(茂木健一郎 クオリア日記)
ラグジュアリーライフスタイル国際会議(茂木健一郎 クオリア日記)
Luxury Camps & Lodges of the world
Six Senses Resorts & Spas

■素材をいかに生かすか

 石川県には、大きく分けて能登、金沢、加賀と、それぞれ性格の異なる地域がある。入り組んだ海岸線に山が迫り、棚田が連なる風景を残す能登は、温泉があるだけではなく、透明度日本一の海岸も有し、各地には古くからの祭りや行事が伝わる。金沢は文化政策に力を入れた加賀藩の流れを受け、城下町ならではの芸能や伝統工芸、食文化が脈打ち、街中の建物や通りにも当時の面影が残る。加賀には日本有数の温泉地が点在し、白山を風景の一部に取り入れることができる。能登には輪島塗、加賀には九谷焼や山中塗の伝統工芸が引き継がれている。昔ながらの風土に金沢21世紀美術館などの新しい息吹が加わり、ラグジュアリー層を引き付ける可能性を持つ素材には事欠かない。同協議会メンバーは、石川は日本の良さが凝縮された土地であり、ここにこそ「リアル・ジャパン」があると自負する。後は、この素材をどう料理するか、である。

 例えば、同フォーラムのレセプションは、同美術館内で行われ、アルコール飲料も提供されたが、このレセプション自体が慣習破りであった。当初、アルコール飲料の提供は「美術館内で提供した前例はない」と難色を示された。同協議会では、ヨーロッパの美術館での例をもとに「それならば、石川県での前例を作りましょう」と説得を試み、美術館の中で日本酒を飲むという「体験」を参加者に提供したのである。

 前例がないのなら、前例を作る。「あり得ない」を「あり得る」にする。そんな積み重ねが、今ある素材の姿を、ラグジュアリーという言葉の原義である「他のものより美しく、貴重なもの」に変えていくのではないか、と朽木さんは語る。「例えば、閉園以降の兼六園を貸し切りにするとか、千枚田を眺めながら食事を味わう機会を作るとか、そのくらいの柔軟な対応が求められるのではないか。石川県には素材がいろいろあるのに気づいていないだけ。安くしないと人が来ないというのは錯覚で、価値があるものを安売りする必要はない。価値が分かる人に正しい手法で伝えることが大切だと思う」。

 世界のラグジュアリー層を「リアル・ジャパン」に引きつけるための、素材を生かした「価値づくり」へ。石川県にしかない「光」を求める取り組みのプレリュードは奏でられた。

石川で「真の日本」伝えるもてなしを-海外からの誘客に向け国際会議(金沢経済新聞)