■垂直に立つ庭

 金沢21世紀美術館(金沢市広坂1)に、2004年の開館以来、植物学者でもあるアーティスト、パトリック・ブランの作品「緑の橋」が恒久展示されている。光庭のガラス通路をまたぐ厚さ14センチの壁には、当地の気候に適した約100種類の植物が生い茂る。白い壁とガラスが連なる同館に有機的なアクセントを添える展示である。この作品の制作協力と管理は、1970年の創業より観葉植物のリースを行う「四緑園」(松寺町)が手がける。

 金沢市の北地区にある同社は、観葉植物のショールームとギャラリーを備え、両室に挟まれた吹き抜けの空間に足を踏み入れると、植物で一面を覆い尽くされた壁がそびえる。

 同社が「緑の壁」と名づけた壁面緑化の事業を担当するのは、今年6月社長に就任した中西研大郎さんである。中西さんは、東京農業大学を卒業した2003年、父・憲治さんが創業した同社へ入社。同大で学んだ環境工学や家業で扱う植物の知識を生かし、同館の開館に向けて「緑の橋」の制作に携わり、現在も同作品の管理を行う。

 「緑の壁」は、一言で表せば、垂直に立つ庭である。しかし、水平に広がる従来の庭を単純に90度傾けたのとは事情が異なる。垂直になって高低ができれば同じ平面でも湿度や日当たりなどの条件が違ってくる。視界の正面に位置するため、人間の目から全体を一望しやすく、緑が途絶えている部分も目立つ。四季や年月の移ろいとともに、花の咲き方や葉のつき具合、茎の長さなども変化していく。隣り合う植物同士の相性や見た目も考慮に入れなければならない。制作・管理には、これらの条件を踏まえて植物の特徴を生かし、未来の姿を見越して植栽の配置を設計する手腕と壁全体を美しいバランスに保つ技術が求められるのである。同社が自社の作品を壁面緑化と一線を画して「緑の壁」と呼ぶ理由が、そこにある。

 「緑の壁の設計は、一度に40次元ほどのことを考えないとできない。壁面緑化はまだ始まって間もない分野で、制作後10年ほど経たないと評価が定まらない。10年経っても見た目がきれいで植物の生長もうまくいっていれば、そこで初めて評価される。そのときに、やはり四緑園の緑の壁は違うと認めてもらえるような存在になっていたい」(中西さん)

■「くさぎる」から「アート」へ

 中西さんの肩書きは、同社の「緑の壁担当」のみにとどまらない。同社が運営するギャラリー「G-WING’Sギャラリー」と同ギャラリーに併設するアートスペース「pARa:siTe(パラ:サイト)」のギャラリスト、北陸のアート情報を掲載するフリーペーパー「Equal(イコール)」の編集長という側面も併せ持つ。

 同ギャラリーは、観葉植物のショールームを設置する同社への誘客を促すと同時に、自分の作品を発表する場がほしいという地元作家たちの声に応えて1991年に開設された。工芸や絵画が盛んな石川県ならではの作品を展示する一方、花を素材に前衛的な作品を世に送り出してきた芸術家・中川幸夫さんの企画展を実施するなど現代アートの発信にも取り組んできた。

 pARa:siTeは、G-WING’Sギャラリーに隣接する約5畳分の小部屋を活用したアートスペース。同ギャラリーで現代アート企画を実施したところ、伝統工芸や絵画などに親しんでいた既存客の中には、なじみのない現代アートの表現に面食らう人もいた。「現代アートは必ずしも美や癒(いや)しとつながるわけではない。同じステージで企画展を開催するには無理があると判断し、別途スペースを設けた」。そう語る中西さんは、自分が担うさまざまな立場を「芸人」の一言で言い表す。

 「芸」という字は、技や才能などを意味する「藝」の新字体であり、「藝」は、音符の「埶(ゲイ)」に、「くさぎる、草を刈る」を意味する「芸(ウン:草冠は四画)」を付したものである。園芸技術の意味から、一般に「わざ」という意味を表すようになったという。まさにアートと植物の交差点を表す一字である。さらに、「芸(ウン)」は、元来、書物の虫食いを防ぐのに用いる香草、ヘンルーダを意味する。日本最古の公開図書館には「芸亭(うんてい)」の名が付けられており、アート情報ばかりではなく哲学や環境の話題も取り扱うフリーペーパーを発行しているのも偶然ではないかもしれない。

■人間は寄生する存在

 学生時代から環境について学び、考えてきた中西さんだが、自分なりの環境論を一言で表すなら「寄生」だという。2007年から開放したpARa:siTeは、その答えを形にする実験的な場でもあり、寄生を意味する英語parasiteをもじった名をつけた。なぜ、寄生なのか。「人間は、より大きなスケールに寄生する存在。自分たち人間は、悪い面があることを意識したうえで、宿主である自然といかに共存していけるかを考えなければ」。

 知らず知らずのうちに植物とアート、編集の境界を越えていたのも、こうした思いが根底にある。企画展や同紙の発行を通して地元のアート振興に貢献していると評価されることもあるが、「自分の環境、自分のいる場所を少しでも居心地よくするために、自分が出来ることをやっているだけ。問題の根っこはつながって関与し合っている。挑戦しないと分からないことのほうが多いし、20代のうちは恥もかけばいいし、失敗もすればいいと思っている」と気負いなく語る。

 アートも観葉植物も、それがないと生きていけないという類のものではない。しかし、同社が提案するのは、植物の楽しみや快適さ、美といった非金銭的なインセンティブ。究極的には不必要だが、心の精神性を高めていくような場面で必要になる尺度である。

 「壁面緑化にしても、今はエコロジーの観点や目新しさで評価されているが、緑の壁は流行とは一線を画し、本質を求める人のために守って行きたい。大多数に理解を求めれば、必ず金銭的尺度で物を測ることになるが、それはもうやめにしようというのが私の思いであり、非金銭的な尺度やインセンティブで世の中が動くように変わると確信している」(中西さん)

 世界的なアートと植物の聖地になる日を見据え、植物とアートをつなぐ「芸人」は自分が居心地よく過ごせる「環境」を少しずつ、広げていっている。